兄・十郎と虎御前

曾我兄弟の仇討ちは、当時としてはお上に逆らう大変スキャンダルな事件で、武士社会として確立した鎌倉時代ではこれら仇討ちを秘密裏に処理する動きがあってもおかしくはありません。

しかし、そうはならなかった事は、頼朝が兄弟の孝心に忠義心を感じ、菩提を弔うように曾我八幡宮を建立させたり、兄弟の心に共鳴した多くの武士達が口伝した事によるのではないでしょうか。

また、曾我兄弟の仇討ちは一人の女性によって物語として変化していく事になります。

その女性こそ兄弟の兄・十郎と恋仲であったとされる虎御前です。

虎御前は大磯の山下長者の娘・お虎として育ちます。

このお虎には不思議な言い伝えがあり、子が授からなかった長者が祈願すると夢に弁財天が現れて石を残して行き、そして生まれたのがお虎でした。

その石は大磯宿延台寺にある虎御影で、十郎が刺客に襲われた時に身代りとなった石とのことです。

成長したお虎は教養高い遊女となり、十郎と巡り合う事になります。

兄弟の仇討ちの後、虎御前は兄弟の遺骨を持って長野善光寺に向かい、出家しました。

虎御前は口述して兄弟の仇討ち話をしており、それが語り継がれるにつれて広まり、物語として確立したと言われています。

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