仇討ちの伝播

「日本三大仇討ち」として知られる曾我兄弟の仇討ち。

事件は源頼朝が実権を握っていた鎌倉時代初頭の出来事で、1192年の事とですから、今から800以上昔の物語が現代にも伝達されているのは驚くべき事でしょう。

曾我兄弟の仇討ちは時代が下がるにつれて、文学や舞台の題材となり、広く知れ渡っていきます。

事件の詳細を語る上で最も公式なものとされるのが『吾妻鏡』。

しかし、信憑性においては未だ疑問が残ると言う見解がされているので参考資料のひとつとしてしておくのが良いでしょう。

兄弟の話を世に広げる元となったのが虎御前を始めとする語り継ぎで、曾我兄弟の仇討ちは日本各地に広まり、加えて兄弟の供養塔がいくつもあるのは語り継ぐ人間、主に巫女や瞽女(ごぜ)などの働きが大きいとされます。

その内、軍記物語として『曾我兄弟』(作者不明)となりました。

やがて、能や浄瑠璃・歌舞伎のモチーフとなるとより加速して民衆に広まっていきます。

特に市川団十郎の当たり役となった曾我五郎が人気を博してからは、正月興行の目玉となる舞台になりました。

現在でも兄弟の姿を小説などに求める事ができ、多くの小説家が歴史小説として兄弟を描いています。

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