陰謀説

曾我兄弟の仇討ちには陰謀があったとする論があります。

兄弟の仇討ちに形を借りた源頼朝暗殺計画です。

仇討ち当日の兄弟の動きに、祐経を討った後も更に頼朝の宿舎に侵入したくだりがあります。

ここで何故、仇討ちだけでなく頼朝まで亡き者にしようとするのか疑問が沸きます。

そもそも父・河津祐泰の死は祖父である伊東祐親が実娘の八重姫と頼朝の子である千鶴丸を殺害した悲劇の報復であった為に、兄弟は頼朝の命を狙った可能性も考えられるとする意見もありますが、兄弟を庇護していた北条時政が企てたクーデターであると言う論が注目を浴びています。

時政は鎌倉幕府の執権となり、勢力を振るいましたが、頼朝を暗殺してより強固な権力を手に入れようとして、その刺客として曾我兄弟が利用されたとみるならば、兄弟は暗殺計画に知ってか知らぬか従っていたとも考えられます。

この事は時の権力者たる頼朝の、警護の厳しいだろう宿舎に侵入できたことから、内部に手引きする者がいたと予想される事で説明付けられるのかもしれません。

事実、仇討ち後に北条家に仕えた曾我家がいたこと事を指摘する方も多く、曾我兄弟と時政との関係が頼朝暗殺の陰謀への重大な鍵になると考えられるのではないでしょうか。

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